最良の政治形態とはなんでしょう?
いきなりの質問で???となった人もいるかもしれませんね
今回は民主主義と専制政治についての古代ギリシアでのできごとを取り上げたいと思います
古代ギリシア七賢人の一人にソロンという人がいました
ソロンは立法者として様々な改革を行いましたが、その後の変わりように愕然とします
なぜ愕然としてしまったのでしょうか?
最良の政治形態については、現在でも漫画やアニメでもしばしば取り上げられるテーマです
ソロンとは
ソロンは、紀元前640年頃〜紀元前560年頃のギリシアの人で、政治家であり軍事指導者でした
ソロンは、七賢人の一人として知られており、古代アテネの政治改革を行い、世界最古の民主主義の基礎を作った人とされています
ちなみに七賢人とは
- アテネのソロン
- ミレトスのタレス
- スパルタのキロン
- プリエネのビアス
- リンドスのクレオブロス
- ミュティレネのピッタコス
- ケナイのミュソン
とされていています
ミレトスのタレスについては以前紹介していますので関心があればご覧ください
ソロンの改革
アテネと都市国家メガラはサラミス島の統治をめぐって争っており、ソロンはアテネ軍を率いメガラへの軍事作戦を行なっていました。
ソロンは、苦労の末メガラに勝利し、軍司令官としての名声を得ます
その後紀元前594年に立法者に選出されました
ソロンが立法者となった当時の政府システムは先任のドラコンが作ったもので、とても厳しい法律が適用されていました
例えば、怠慢や果樹園からの果物を盗む、その他軽微な罪までも死罪を適用するといったように・・・
ソロンは政治、経済、道徳について改革を行いましたが、特に厳しすぎる法律を見直しました。
ソロンは重すぎる刑罰を軽くしました
それと同時に多くの政治的権限を貴族から一般市民に移しました
ソロンの改革の目的は、市民を政治に関与させ関心を持たせることにより、アテネに秩序を回復させるというものでした。この改革で、訴訟の権利や陪審員になる権利を一部市民に与えたほか、四百人評議会という代表による評議会を設置しました。この評議会は民主主義の集会の祖先といえるものです。
ソロンの失望
これらの改革を行ったソロンは2年の任期を終えると、エジプト、キプロス島、リュディアを旅します
リュディアは現在のトルコの一部にあたります
キプロス島では王のために新たな首都建設を監督し、王はその都市にソロンにちなんで「ソロイ」と名付けたといわれています
ソロンが旅に出たのは、行った改革の撤廃を要求されないようにともいわれています
ソロンは10年後に再従兄弟にあたるペイシストラトスに呼び戻されアテナに戻ります
そこでソロンが見たのは、自らの改革がほとんどその効力を失っていることを知り愕然とします
ソロンとペイシストラトスは親友でありましが、政治思想はかけ離れており、ソロンが民主主義の礎を築いたのに対し、ペイシストラトスは僭主として実力により統治をした人でした
ソロンは80歳にキプロス島で亡くなります。その遺灰は希望によりサラミス島付近に撒かれたとされています
民主主義と専制政治を題材にした作品からわかること
民主主義と専制政治はしばしば小説や漫画・アニメの題材としても描かれています
代表的な作品としては、銀河英雄伝説を挙げたいと思います
この政治思想の対立の問題の難しいところは、どちらが正しいのかという正解がないところです
民主主義が正しく、専制政治が悪であるとは限らないからです
銀河英雄伝説では、最悪の民主主義と最善の専制政治はどちらが良いのかというテーマが常に付き纏いました
ソロンの改革が10年も待たずに効力を失ったことは、民主主義が堕落したのか、民主主義より良い専制政治が出てきたのかは分かりませんが、ペイスストラトスの治世の評価が悪くないことから、民主主義が堕落に向かったのではないかとも考えられます
ソロンのまとめ
ソロンは古代ギリシアの七賢人の一人として、特に立法者としての評価が高く、民主主義の基礎を作った人として知られています
ソロンの改革はその後10年を待たずに効力を失い、ソロンは失望します
民主主義と専制政治どちらが良いのかという答えは一様には出せない永遠のテーマだと言えます
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